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東京地方裁判所八王子支部 昭和53年(ヨ)465号 決定 1978年9月25日

債権者 田中信幸

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 楠本安雄

債務者 長島かつ子

債務者 株式会社神田組

右代表者代表取締役 神田時守

右両名訴訟代理人弁護士 原口紘一

右同 須合勝博

主文

債権者らの本件申請をいずれも却下する。

申請費用は債権者らの負担とする。

理由

第一  本件申請の趣旨及び理由並びにこれに対する債務者らの答弁及び主張は債権者ら提出の仮処分申請書及び準備書面並びに債務者ら提出の答弁書及び準備書面記載のとおりであるからここにこれらを引用する。

第二  当裁判所の一応認めた事実(当事者間に争なき事実、本件各疎明資料及び審尋の結果による。)

一  当事者

(一)  債権者

1 債権者田中信幸(以下「債権者田中」という。)は、昭和五二年一一月以来前掲住所地に宅地及び二階建建物(以下「田中宅」という。)をそれぞれ所有し、妻及び子供二人とともに右建物に居住している。

2 債権者加藤廉之(以下「債権者加藤」という。)は、昭和二二年ころから前掲住所地に宅地及び二階建建物(以下「加藤宅」という。)をそれぞれ所有し、妻とともに右建物に居住している。

3 債権者清水雄二郎(以下「債権者清水」という。)は、昭和二五年四月ころから前掲住所地に土地と二棟の建物を所有し、そのうち債務者長島かつ子(以下「債務者長島」という。)の所有する武蔵野市吉祥寺本町四丁目一八七一番七の土地(以下「本件土地」という。)に隣接する建物を申請外第三者に賃貸し、他の一棟に妻とともに居住している。

(二)  債務者

債務者長島は、昭和三九年ころから本件土地建物を所有して居住して来た(昭和四五年以来は一人)が、同五三年二月ころ右土地上の建物をその一部(木造平家建居宅)を残して増築することを計画し、同年五月三〇日右増築につき東京都に対し建築確認を申請し、同年六月二三日右確認を受け、建設を業とする債務者株式会社神田組(以下「債務者神田組」という。)に右建物建築工事を請負わせた。右建物の規模内容は次のとおりである(右建物に現行建築基準法違反の事実はない。)。

(イ) 用途  専用住宅(この点につき債権者らはその用途が天理教信者の集会場である旨主張するが右事実を一応認めるに足りる疎明はない。)

(ロ) 構造  鉄骨鉄筋コンクリート造一部木造地上二階地下一階

(ハ) 建築面積  増築分一一八・六〇平方メートル

既存部分四五・二四平方メートル

(ニ) 延面積  二八〇・八四平方メートル

(ホ) 建物の高さ 地上八・〇〇メートル

右建物の増築部分は、その東西が最長一〇・七五メートル、南北一一・二五メートルのほぼ長方形であり現在後記のとおり建物の高さを地上七・五メートルに設計変更したうえ(設計変更後の建物を以下「本件建物」という。)で二階北側部分を除き工事進行中である。本件土地建物と債務者らの居住する宅地建物との位置関係は別紙土地建物配置図記載のとおりである。

二  本件土地の地域性

本件土地は国鉄中央線吉祥寺駅北口から北西方向に徒歩で四ないし五分の距離に位置し、その周辺は閑静な住宅地を形成している。そして本件土地一帯は債権者らの宅地をも含め、都市計画法上の第一種住居専用地域、第一種高度地区、建ぺい率四〇パーセント、容積率八〇パーセントにそれぞれ指定された地域である。現在本件土地の周辺は、階層別に見ると三階建の建物が数棟存在する(うち一棟は昭和四八年施行の高度地区指定以前の建築物である。)他は平家建若しくは二階建の建物が殆んどを占める低層建物街であり、用途別に見ると独立住宅が殆んどを占める住宅地域であり、更に構造別に見るとその大半は木造であるが徐々に鉄筋コンクリート若しくは鉄骨鉄筋コンクリート造も増加しつつある。又一戸当りの敷地面積も比較的余裕のあるいわゆる邸宅街である。

三  日照被害の状況

(一)  従前の日照状況

冬至期、債務者長島の従前の木造住宅により、債権者らの各居宅の各地盤面における日影と日照は次のとおりである。すなわち債権者田中宅では前庭の東側約半分及び東側庭の南側約三分の一がそれぞれ正午から午後一時半過まで日影となる他は終日日照が確保されていた。但し田中宅の前面(南面)の庭(南北約二メートル、東西約一三メートル)には南側市道との境界に地上高約一・七八メートルの塀が存在する為午前八時三〇分ころから終日右塀の日影が延びる結果日照はほとんどない。債権者加藤宅ではその前庭が午後二時から四時にかけて日影となる他午後三時から四時までの約一時間南側一階開口部が日影となる(但し加藤宅にあってはその東隣の申請外伊沢宅により午前一〇時ころまで南側開口部が日影に入る)がその余は日照が確保されていた。債権者清水宅(債権者清水が第三者に賃貸中の居宅)では午後三時以後西側の壁が日影に入るが右居宅西側は一階南側に明り取り程度の小窓がある他開口部はない。

(二)  本件建物によって債権者らが受ける冬至期における日照被害の状況

1 債権者田中宅

(イ) 田中宅一階南側壁面開口部で本件土地々盤面より垂直上方一・五メートル(以下「GL一・五メートル」という。)の本件土地との平行面において

日影は午前一一時ころ田中宅一階南東側八畳の居間(以下「一階居間」という。)に僅かにかかるに至り、午前一一時から同一二時にかけて右居間は徐々に日影に入るがその影は依然僅かで午後零時三〇分ころには日影から脱する。その余の居室には日照被害は存在しない。

(ロ) 前(イ)同様GL〇メートルの平行面において

日影は午前九時三〇分ころから同一一時ころまでの間田中宅一階南西側洋間(以下「一階洋間」という。)開口部に床面から約一・五メートル弱の高さで延びるが、同洋間は午前一一時過ぎころから日影を脱する。又午前一〇時少し前ころから一階の南側開口部がその右下隅部分から日影に入り、日影は徐々に大きくなって午前一一時には開口部の床面から約一メートルの高さに及び同一二時には右居間がほぼ全面日影となるが午後〇時四五分ころには日影から脱する。

(ハ) 債権者田中一階床面(床面は本件土地々盤面から約五五センチメートルの高さにある。)において

午前九時三〇分ころから一階洋間床面に日影が届き始め、午前一〇時ころから日影は南側床面で同室床面の約三分の一に及びこの状態が同一一時過ぎころまで続くがそれ以後は同室は日影を脱する。又一階居間は、午前九時三〇分ころから日影の一部が届き初め、午後〇時三〇分ころまで日影は同室に達するが、その間午前一〇時ころから同一一時過ぎころまでは右居室床面の約二分の一が、同一一時過ぎころから午後〇時過ぎころまではその床面のほぼ全面が日影に入るが午後〇時三〇分過ぎころには同室は日影から脱する。

2 債権者加藤宅

(イ) 加藤宅南側壁面開口部で本件土地々盤面よりGL一・五メートルの平行面において

日影は午後一時過ぎから一階開口部に達し始め、同二時には一階開口部全面を、同三時には一、二階の開口部全面をほぼ覆い尽すが同三時三〇分ころには二階開口部は日影を脱する。一階開口部はその後も日影を脱し得ない。

(ロ) 加藤宅南側壁面開口部で本件土地々盤面よりGL〇メートルの平行面及び加藤宅床面において

日影の状況は(イ)とほぼ同一である。

3 債権者清水

債権者清水においてはその居宅二棟のうち本件建物に隣接する一棟が午後二時三〇分ころから以後その西側壁面が日影に入るが前述のとおり右債権者清水の右居宅は西側一階の南側に明り取り程度の小窓があるに過ぎない。但し右居宅南側の庭の約三分の二がその西側を本件建物により閉鎖されるに至るうえ右庭の南隣には鉄骨鉄筋コンクリート造二階建で高さが約七メートル弱の建物が存在するため通風がある程度害されるに至る。債権者清水が現在居住する居宅は通風被害の点では他の一棟とほぼ同様であるが日照被害の点では本件建物とは何らの関係もない。

(三)  春秋分期における日照被害

本件建物による春秋分期の日影は債権者ら居宅いずれに対しても何らの日照被害をもたらさない。

四  日影規制条例の近い将来の施行

(一)  いわゆる日影規制を創設した建築基準法第五六条の二第一項に基づく昭和五三年東京都条例第六三号東京都日影による中高層建築物の高さの制限に関する条例(以下「日影規制条例」という。)は昭和五三年七月一四日公布され、同年一〇月一二日施行される段階にある。同条例が施行されるに至ると本件土地には右建築基準法別表第三の一(に)欄の(一)の規制値が適用されることになり、それによると冬至において敷地外五ないし一〇メートル(但し敷地が道路に接する場合は当該道路の中心線より五ないし一〇メートル)の範囲内で地盤面から一・五メートルの平面における日影時間が午前九時から午後三時までの間で三時間以上、同一〇メートル(但し敷地が道路に接する場合は当該道路の中心線より一〇メートル)を越える範囲における地盤面から一・五メートルの平面における日影時間が午前九時から午後三時までの間で二時間以上となる軒高七メートルを越える建物或いは地上三階建以上の建物は原則としてその建築が出来ない。

(二)  本件土地は右都条例により右規制を受ける土地であり、本件建物は軒高が七・五メートルであるから右規制を受ける建物であるところ、債権者加藤宅の前庭部分において三時間日影規制に抵触する日影を生ずる。すなわち本件土地北側で本件土地に隣接する道路の中心線から五ないし一〇メートルの範囲で本件建物の日影を三時間以上受ける地域は、場所的には債権者加藤宅の前庭部分で面積及び形状は、高さ約一・八メートル、面積約七平方メートルの前記五メートルラインに下辺を接するほぼ台形である。そしてその他の部分で前記規制に抵触する日影はないうえ前記日影は三時間を若干こえる程度のものである。

五  被害回避の可能性

債権者田中及び債権者加藤においてはそれぞれの宅地をほぼ一杯に利用してその居宅を建築し能う限り南側を空けたものであって敷地の利用方法の変更によっては本件日照被害を回避することは出来ず、又債権者加藤にあっては一、二階南側の開口部の変更によって若干被害を減少させうるものの右開口部の変更は債権者加藤宅の構造的変更を招くに至ると考えられるうえ右居宅は昭和五二年六月に新築したものであることを併せ考えると右債権者らの宅地の利用方法の変更等によっては被害の回避は極めて困難である。

六  当事者間の接衝の経緯並びに設計変更の可能性

(一)  本件仮処分申請前

債務者らが債権者らと本件建物建築につき交渉をし始めるに至ったのは昭和五三年七月一五日の武蔵野市役所での会合からであり(それ以前にも当事者間に応酬はあったようであるが交渉と言うに足りる程熟したものではなかった。)、その後も同月六日、同月一〇日と二度にわたって会合が待たれたが債権者側から出された設計変更案が、建物の高さを地上六・六〇メートルに低下させること、建物北側を全体にわたり五〇センチメートル削り取り建物の奥行を少なくすること、二階北側を斜めに大きく削り取ること、南側も一部削り取ることを内容とするものであったため債務者側は結局この案を受け入れることが出来ずその後債権者側から右の案を緩和する案も提示されず話し合いは物別れに終ったものであるが、その間債権者らは直接工事現場において工事担当者らに工事の進行を中止する様申し入れ、或いは債務者長島本人に電話で工事の説明や工事進行の中止を求めたが、結局これらの要求も容れられず、同年七月一七日当裁判所に本件仮処分申請をするに及んだものである。

(二)  本件仮処分申請後

債権者らは仮処分申請当初から終始本決定で引用した債権者らの本件仮処分申請の趣旨と同旨の要求すなわち本件建物へ設計変更される以前の建物については階高は地上六・六〇メートルとし、右建物北側部分は南北方向に一メートルの厚さで削り取り、二階北側部分も斜めに削り取るべきである旨の要求(債務者らが本件建物への設計変更を申し出た後も同様の要求であった。)を譲歩することなく、債務者側も、本件建物の居間をその内装において完全な日本間造の室(すなわち梁を天井板で覆い尽し室内においては梁等の構造材が見えないようにされた室をいう。)としたいこと、一階に二〇畳敷の居室を造る関係で強度上の問題から梁が若干太くなること、太い梁を天井板で覆うため天井と二階床面との間に空間が出来て階高が通常より高くなること更に設計変更にともなう工期の遅れと材量の鉄骨の切断容接の仕直し及び人夫のやりくりで損害が多額に及ぶことを理由として前記債権者側提出の和解案を受け入れなかったが、その後階高を地上七・五〇メートルとする、日照被害に対する補償金として金五〇万円を提供しそれを越える金額も検討する旨譲歩するに至った。しかし結局右債務者側提出の和解案も債権者らの受け入れるところとはならなかった。しかし債務者らは仮に右案が受け入れられることがないとしても階高を地上七・五〇メートルにするとの点は誠実に実行する旨確約し、従前の計画建物は設計変更されて本件建物となった。そして債務者らはその変更後の設計図(本件建物の設計図)も疎明資料として当裁判所に提出した。

第三  当裁判所の判断

一  およそ住居における日照通風の確保は快適で健康的な生活の享受のために必要不可欠の生活利益であり、これらは自然界においては万人が等しく享受しうる万人共有の資源ともいうべきものあるから、右の生活利益としての日照通風の確保は、これと相対立する他の諸般の法益との適切な調和を顧慮しつつ可能な限り法的な保護を与えられなければならない。それ故妨害者の所有権行使の結果生ずるであろうと思料される近隣に対する日照通風の阻害が、被害者において社会通念上一般に受忍すべき限度を越えるに至ると認められる場合においては、被害者はその人格権の侵害を理由として右所有権の行使をその妨害の限度において差止める請求をなしうるものと解すべきである。そして当該事件において生ずると思料される日照通風の阻害が、被害者において社会通念上一般に受忍すべき限度を越えるに至るか否かの判断に当っては、当該日照通風妨害によって被害者が受ける被害の種類程度が主として参酌されるべきであるがそれとともに当該土地の地域性加害行為の態様をも考慮して決定されるべきものである。

二  そこで前記一応認定した事実を基礎として債務者らの建築しようとしている本件建物の完成によって債権者らにもたらされる日照等の被害の程度が債権者らが一般的に受忍すべき限度を越えるか否かについて判断する。

(一)  日照被害の状況

1 日照被害の測定点について

快適で健康的な生活は、一般人においては、その居宅全体すなわち建物内部及び庭において中心的に営まれるものであるが、庭における生活は庭の有無、広狭、配置状況が各居宅において多種多様であるから特に庭部分における生活の当人の生活全体に占める割合が建物内におけるそれに匹敵すると認められる特段の事情がない限り、建物内部を中心として営まれるものと考えてよく、本件において右特段の事情の存在につき疎明がないこと、日照はそれを受ける者が全身で享受してこそ本来の効用があることを併せ考えると、当該日照を享受しようとする者の生活の基盤面である債権者居宅床面を測定点とするのが妥当である。

2 測定点を債権者ら各居宅床面とした場合の日照被害状況

(イ) 債権者田中宅において

前記認定のとおり、本件建物が完成すると、債権者田中宅においては、その一階洋間において、午前九時三〇分ころからその床面に日影が届くが、日影が同室の床面約三分の一程度に至るのは同一〇時ころからであり、この状況は同一一時過ぎころまで続くもののそれ以後は日影は同室に届かなくなる。結局右洋間においては、日照被害は一時間半程度であり、その量も床面の約三分の一程度である。また同居宅一階居間においては問題となる日影は結局午前一〇時前ころから午後〇時三〇分ころまでのものであり、その間午前一一時過ぎころから午後〇時過ぎころまでの約一時間は日影は床面のほぼ全面を覆うに至るが、その他の時間(約二時間)は日影は床面の二分の一程度と思料される。債権者田中宅は二階建であり、二階部分は終日何らの日照被害を受けない。

(ロ) 債権者加藤宅において

一階南側開口部は一時過ぎころから本件建物の日影に入り始めるためその床面も同時刻ころから日影に入る。この日影は午後二時ころには一階開口部全体を覆い、同三時からは二階の南側開口部全部をも覆うが同三時三〇分ころから二階南側開口部は日影を脱する。結局一階は午後一時過ぎころから以後日影の影響を受け(全面日影となるのは二時以後)二階は午後三時から同三時三〇分ころまでの約三〇分間全面日影となるがその余の時間は本件建物の日影の影響を受けない。結局太陽エネルギーの点から有効な日照の得られる午前九時から午後三時までの六時間のうち一階南面開口部が日影となる時間は二時間を越えず、二階南側開口部にあっては右六時間のうちには日影時間は存在しない。

(ハ) 債権者清水宅において

債権者清水宅においては本件建物により日影はほとんど問題とならないこと前述のとおりであるが、本件建物の完成によりその通風が幾分害されるに至るものと認められる。

3 以上述べたとおり債権者田中、同加藤においては、その限度において日照に対する被害が、債権者清水においては、その限度において通風に対する被害がそれぞれ存在し、特に債権者田中、同加藤にあっては右被害のためある程度の生活上の不利益が生ずるに至るものと認められるけれども、右の程度の被害では未だ快適で健康的な生活を享受することが著しく困難になるものとは認められない。

(二)  本件土地の地域性

前記認定のとおり、本件土地一帯は現在木造平家建ないし二階建が大半を占めるいわゆる低層住宅地であるが鉄筋コンクリートないし鉄骨鉄筋コンクリート造の住宅も増加しつつある傾向にある。右の土地利用状況は建築基準法第五六条の二第一項とこれを受けて間近に施行(昭和五三年一〇月一二日)される前記日影規制条例によって将来も維持されるものと思料される。

ところで債権者らは本件建物が間近に施行される東京都の日影規制条例に適合しないから適合するように建築をなすべきであると主張するので判断するに、前記法律及び条例の各条項号が未だ効力を有してはいないものの右各条項号の有する立法趣旨及びその施行が極めて間近にされることを併せ考えると、前記法律及び条例の内容を私法上の差止請求権の有無の基準としてのいわゆる受忍限度の判断要素の一つとすることは、社会的具体的妥当性の追求の過程で生まれるに至った私法上の受忍限度論の理念から考えればむしろ当然とも言えるのである。しかし、その私法判断の要素の一つとして公法的規制の規準を取り込む過程においては、右の公法的な規制が施行されるに至れば当該地域の建物はおよそ右規制値内となるであろうということが当該地域の地域性の将来の判断資料となり、その結果現在建物を建築するに際しては右地域性に適合しうるように建築することが私権の行使に社会的妥当性を持たせるための一要素となるという意味において公法的規制が私法判断の一要素たりうることに留意しなければならないものである。結局は本件建物が前記各法条の施行後に建築される建物との間でバランスを失しないか否かを再度判断しなければならず、右私法的判断にあたっては建築されようとしている建物の将来適用される公法的な規制に抵触する程度、態様を具体的に判断しなければならないうえ、右の判断は受忍限度判断の一要素であることからの当然の要請として他の諸要素とのあいだで総合評価を受け直されなければならないものであると言うべきである。ところで本件建物は前記認定のとおり前記新規制の各法条が施行されるに至れば右各法条のいわゆる三時間日影規制に抵触するものであるが、その抵触の度合はその三時間日影面積の程度及びその日影時間によれば比較的軽微であると言うべきである。それ故本件建物と新規制の各法条に適合して建築される建物(それらの集合がまた本件土地周辺の地域性を形成することは前述のとおりである。)との間に僅かにバランスを失することはあっても著しいアンバランスを生ずることはないものと言うべきである。以上の次第であるからこの点の債権者らの主張は採用し得ない。

三  本件建物建築に至る経緯

本件建築物の基礎となった設計変更前の建物は、建築基準法第五六条の二第一項に基づく日影規制条例が公布される約五か月前に建築計画され、同じく約一か月半前に東京都に対し建築確認申請がなされ、同じく約半月前にその確認を受けたものであって、現行建築基準法違反の事実はなく、債務者らの建築目的において債権者らを害する意図を帯びた悪質なかけ込み建築とまでは認められない。

四  本件建物の規模

本件建物は延面積構造等が債務者長島一人の住居としては今日の東京都における一般的な住宅事情及び一般的な個人住宅に照らして考えるとかなり豪華で大規模なものであるとも言えるが、右建物がもたらす日影等が近隣住民にもたらす被害がそれらの者の日照を享受することによって快適かつ健康的に営なまれて来た生活を著しく妨害するに至る場合において初めてその建物の客観的規模が問題とされると言うべきであり、その住人が何人で幾人であるか等は問題とされることではないと言うべきである。本件においては本件建物により日照妨害は前記のとおり未だ債権者らの日照を享受することによる快適で健康的な生活を著しく侵害するものとは認められないから、債務者が一人住まいの女性であるとの点は判断資料としない。

五  なお、債権者らは右の他にも本件建物の配置変更の容易性及び構造についての設計変更の容易性等を受忍限度判断の要素として考慮すべきである旨主張しているが、日照通風阻害が前示の程度に止まる本件においては、仮にこれらの事実が認められるとしてもこれをもって受忍限度を越えるものと判断することはできない。

六  結局以上によれば、本件建物により債権者らが受けるに至る日照通風の被害は、債権者らにおいて社会通念上一般に受忍すべき限度を越えるに至るものとは認められないから本件仮処分申請はいずれも被保全権利の疎明がないことに帰し、疎明に代わる保証を立てさせてこれを認容するのも相当でないから、その余の点につき判断するまでもなく、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 平林慶一)

<以下省略>

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